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2009年3月10日 (火)

偉大な方が存在したとは知らなかった

石田晴久氏が死去 UNIX、インターネットの国内普及に尽力

 実は俺はUNIX使い。それなのに、石田氏のことを知らなかったとは誠に恥ずかしい限り。ご冥福をお祈ります。

 1973年に国内初めてUNIX、C言語が紹介されたことになるか。現在はUNIXを知らなくてもC言語はよく知っているプログラマーは珍しくないけど、実はC言語はUNIXとの関係が深いのだ。AT&Tのベル研究所にてUNIXが生まれたのはアセンブラで記述されたものだったが、そのUNIXでC言語を誕生させたのだ。そのC言語でUNIXのソースコードを記述してコンパイル。つまり現在のUNIXにつながるものができたわけだ。まるで卵と鶏のような関係なのだ。

 C言語の良さはハードのアーキテクチャーに依存しないこと。どんなハードにもソフトを移植することができたので、容量もコンパクトのため、当時の貧弱なネットでソースコードというものを配布できるようになったわけなのだ。ちなみにゲーム機で初めてC言語が使われるようになったのはPS1だといわれている。SFC世代、当時のアーケードのハードは、アセンブラで記述するのが当たり前だった。それにしても当時のプログラマーは他のハードに移植するとき、アセンブラでまた書き直す必要があるため、かなり大変だっただろうな。(アセンブラを使えるにはハード特有の仕様を理解する必要がある。)まあ、当時のハードリソースはかなり貧弱だったので、やむ得ない面もあったね。

 現在にあるOSといえば、Windows、Mac、Linux,UNIX(Solaris,FreeBSDなど)などのOSがあるね。あまり知られてないみたいだが、Mac OS XはUNIX系カーネル(BSD)を採用しているのだ。つまりWindowsをのぞいてUNIX系OSが主流なのだ。(正確にはLinuxはUNIX系ではないが、基本的にPOSIX準拠なので、UNIX使いでもすぐに使えるメリットがある。)

個人的にはWindowsは、UNIX系カーネルを採用したら最高だなと思うけどね。Windowsの強みである互換性を考えるとかなり難しいだろうね・・・(ってか、Cygwinを入れなくてもUNIXコマンドを使いたいだけw)

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コメント

おひさしぶりです。
某ブログがアレなまま自分も放置してましたが,
元気そうで何よりです。

と思ったら石田氏の訃報。
自分が初めて買ったプログラム本が
「はじめてのC」でしたっけ。
んで,次が「プログラミング言語C」でしたか。
もう,中学生の時(20年以上前)のことなので
記憶があやふやですがw
んで,C MAGAZINEも購読してたなあ・・・
(最初の頃は石田氏の責任編集だか監修だったはず)
最近は,プログラミングがメインの仕事をしてないとはいえ(まあぶっちゃけJavaかActionScript3ぐらいですが),石田氏へは感謝してもし尽くせません。

(ちなみに,アセンブラとBASICは父親から教わりました。こっちも筋金入りの情報関係一筋40年の人ですからw)

こういった業界もこんな形での世代交代は避けられなくなってるんだなあ,と感慨深いです。

石田氏のご冥福をお祈りします。

投稿: kon2 | 2009年3月10日 (火) 14時36分

kon2さん、お久しぶりです。ここまで
来てくれてありがとうございます。

あのサイトは本当に愛想がつきましたw でもあのブログで書くのにマンネリ化していたところなので、感謝すべきかもしれませんw

初めのブログ名は脱力系ブログというつもりで「どうでもいい雑感帳」でしたが、後藤氏の記事にマジ切れしたので、思わずあの感じに。というわけで「ぶっちゃけ雑感帳」に変更したのです。書くテーマがやっと見つかったなというところです。

実は某ゲーム系blogにてkon2さんを見かけていたのですが、とてもコメントしにくいところなので伝えられなくてつらかったのですw(ちなみに初期の掲示板風日記時代からの読者でした。発○○○時代はあまり酷くて行かなくなりました。)

本題ですが、中学生時代にC言語を習うとは凄いですね。うちは高校生まではBASICしか学べなかったし。その言語はもう絶滅した言語だな・・・

一応MSXで機械語を打ったことがあるんですが、たった1つのエラーでもハードが暴走になり停止できない症状を体験できてよかったなと思います。(といってもセーブせず実行してしまったことがあり、ショックが大きかったが・・w)

アセンブラを学んだのは定番のZ80だった。でも使い方はすっかり忘れたw
今はゲームのエンジンを開発しているプログラマー、ハード系技術者でないとアセンブラを利用する機会はあまりないね。

投稿: mkubo | 2009年3月10日 (火) 18時35分

ぶっちゃけ,運営元は父親の勤務する会社ですので(分野は思い切り違うけど)wあの会社でRAID5しか組んでないってありえねえw
予算が少なかったんでしょうね。
潮時っちゃあ,潮時ですね。

某ゲーム系というと,あそこかな?
まあ,業界から足を洗って久しいので,ああいうところは貴重ですわ。
ちょうど,そこで後藤さんの記事にちょっとキレてました,私w

Cは,父親の単身赴任がピークのころだったので独学で学ぶハメに。
ちょうどそのことBolandのTurbo-Cってのがはやってましてね,まあ,DOS時代なんですけども。
ゲームを作るって言う目的があるので,まあ苦ではなかったんですが。
小学校1年生の時にナムコに行くとかいってましたからね。
(まだ,ギャラクシアンのころですがw)

アセンブラもやってたから,ポインタ関係もそう問題ないですし。
べーマガ世代をなめちゃ困るですよ,てな感じでしょうかw
いまのプログラマはライブラリの把握と咀嚼が大変そうで,
別の意味で大変みたいですねえ(人事)。
WebとJAVAとADOBE AIRに逃げてしまいましたのでw
ええ,今の本職はたぶん印刷デザイン関係のはずなんですがw

今後ともよろしく。

投稿: | 2009年3月11日 (水) 14時38分

 以前のブログはどうやら閉鎖される可能性が出ていたね。ぶっちゃけ、やっつけ開発で作っていたとしか感じられないですね。復旧作業やっている方には気の毒だなとしか言いようがない。

>BolandのTurbo-C
懐かしいですなw PC98が主流だった頃でしたな。Linux/UNIXは当たり前のようにCコンパイラーをただで使えるけど、昔はWindows/DOS系は有料で入手する必要があったんですね・・確かに数万円にしたものだな。貧乏学生には自宅でのC言語の勉強は簡単にできなかった時代だったなw

今は数万円台のPC本体だけで商業WEBサービス並のサーバソフトを無料入手できるのが恐ろしいです。昔はとても考えられなかったな・・

>アセンブラもやってたから,ポインタ関係もそう問題ないですし。
C言語学習者なら必ずぶつかる壁ですなw
うちは先にC言語を学んでいたため、ポインタで結構苦労したな・・でもその壁を乗り越えるとC言語がかなり使えるようになるはずんですね。

まあ、最近C言語でプログラミングする機会はないけど、サーバ系アプリのソースコードでmakeする機会は結構多いんです。長いコンパイルが完了するととても気分がいいですw 

追伸:コメント表示の順番、変更しました。以前の表示だと長文コメントが多いと、かえってわかりにくいみたいです。それにしても400文字以上かけるのはありがたいかもw

投稿: mkubo | 2009年3月11日 (水) 18時35分

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