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2011年4月25日 (月)

【追悼】元ソニー社長の大賀さんとPSの関わりについて

元ソニー社長の大賀さんが4月23日にご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。

【大河原克行のデジタル家電 -最前線-】ソニー・大賀典雄氏が逝去 -AV Watch

そして、コンテンツに対しても、強い意志を持って取り組んできたのも大賀氏の経営の特徴だった。

ハードとソフトを車の両輪に例え、1968年のCBS・ソニーレコード設立や、1988年のCBSレコード買収。1989年のコロンビア・ピクチャーズの買収のほか、プレイステーションによって、家庭用ゲーム事業に参入するとともにゲームソフトウェアの開発にも着手。総合エンタテインメント事業に向けた基盤づくりに奔走した。

いま、ネットワーク時代を迎えるなかで、ソニーは、他の電機メーカーにないハードとソフトの両輪を持つことが強みになろうとしている。それはソニーの経営トップの発言や、最近の事業方針説明のなかでも明らかだ。

20年以上前に行なわれた大賀氏による決断が、いよいよここにきて本格的に花を開こうとしているのだ。

現在にも続いているほど、伝説的な業績ばかり残してますね。

大賀さんが設立した、SMEが成功したおかげで、アニプレックス等も生まれたでしょうね。(アニプレックスは元々SPEの子会社であるが、現在はSMEの子会社。)

アニプレックスは、2010年度において
トップのシェアを争うほどアニメ業界の最大手に成長されている。ゲーム業界への影響もあまり無視できないレベルになっており、一部のサードによるPSシリーズ軽視はあまりできない状況になっているといえるかもしれないw

2010年映像ソフトシェア1位はアニプレックス BDはキング

大賀さんが犯してしまった最大のミスといえば、後継者という出井氏を選んでしまったことでしょうね・・

実際、2003年のソニーショックの際、彼を後継者として選択したことは後悔し、(脳梗塞により意識不明の状態で)そのまま死んだ方がよかったとの話もあったらしい。

あくまで未確認情報であるが、出井氏が退陣する際、後継者として久夛良木さんを強く望んだ話があったらしい。少なくともマスコミの記事に載っていたことを覚えている。

(その久夛良木さんが、ストリンガー氏のCEO就任をずいぶん歓迎していたようで、基本的に支持するしかないわけです。久夛良木さんの見る目をとにかく信じているからですw)

最後に、大賀さんに家庭用ゲーム事業に参入するのを決断させた決定的といえるシーンはここにて紹介したいと思います。

西田氏の「美学 VS 実利」、麻倉氏の「ソニーの革命児たち」 より一部引用させていただきたい。引用では敬称略となっているので、ご了承ください。

決断は、一九九二年六月二四日、品川・ソニー本社で開かれた、経営会議で下された。

当時、ソニー社長であった大賀典雄は、目の前の部下を半ばにらみつけながら、机を叩いてこう叫んだ。

「実現できるかどうか、証明してみろ!

Do It!」

大賀の前に立っていたのは久夛良木健。その後、ゲームビジネスでソニーを世界トップの座に導くことになる「プレイステーション」の生みの親である。

リスクの大きい家庭用ゲーム機への本格的参入の是非をめぐり、会議はもめにもめていたが、この一言ですべてが決まった。

西田宗千佳氏の「美学 VS 実利」より

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「どうしてもこのゲーム機をやろう」という大賀の強い意思

「怒り」をうまく利用された格好となった大賀は、そのことについては全く不快に思ってない。それどころか、久夛良木のヤツがあんなことをやって・・・・と目を細めるのだ。

「任天堂が、久夛良木君の背中を押したことは間違いありませんね。あの事件が久夛良木をあそこまで燃え上がらせました。極めてドライビングフォースでした。任天堂としても、ソニーがここまでやるとは、思わなかったに違いありません。私にとっても後ろから切りつけられたのだから、その怒りが原動力になりました」。

それにしても、なぜ大賀は「Do It!」と叫んだのだろうか。

「私には極めて強い意思がありました」と、大賀が言う。

「久夛良木のアイデアに強く印象付けられ、このビジネスは、是非とも成功させなければならないと思いました。~省略~もう一つ、ソニーのコンピュータはMSXをはじめとして失敗ばかりでしたからね。私としては、AVに並ぶもう一つの柱を作りたかったのです。それに、私は経営責任者として最大の支援者でありたかった。」

大賀はこの間、一貫して久夛良木のサポートに回った。ソニー社内の世論としては、ゲームなんかやるべきではないという声が強かった時も、

「大賀さんはゲームをやめろとは一回も言わなかった」と丸山茂雄(元SME社長)は証言する。

「『決断』ということで言うと、本当に決断したのは大賀さんですよ。久夛良木の場合は、決断というより思い込みですね。それに一介のエンジニアに過ぎませんからね」。

麻倉怜士氏の「ソニーの革命児たち」より

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